金沢 晴れ、きょうは朝から曇りがちですが、昼前から晴れ間が広がるでしょう。気温は16℃まで上がり、過ごしやすい一日となりそうです。

週末のネタ仕入れです。いつものように「尾山神社~金沢城」へ歩き、紅葉をいろいろ撮りました。二の丸御殿の復元工事も、工事中の覆いが完成したみたいです(笑)




金沢城の二の丸御殿は、加賀藩政の中枢を担った城内最大の建造物であり、藩主が政務を執り、生活を営んだ重要な場所でした。しかし、度重なる火災に見舞われ、特に1881年(明治14年)の焼失以降、その姿を消していました。この二の丸御殿を、「平成の築城」に続く「令和の築城」として、史実に基づいた伝統的な木造建築で復元し、次世代へ継承するための大事業が、現在、石川県によって進められています。




復元整備の時代設定は、現存する他の建造物や写真資料等が残る江戸後期とされています。御殿全体は、藩主の執務の場である「表向(おもてむき)」、藩主の住居である「御居間廻り」、女性が暮らした「奥向」で構成されていましたが、今回の復元整備では、御殿の顔とも言える「表向」の主要部約1,000坪を段階的に進める方針です。

金沢城の五十間長屋は、菱櫓(ひしやぐら)と橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)という二つの櫓を結びつける、城内でもひときわ目を引く長大な建物です。多聞櫓(たもんやぐら)の一種で、石垣や土塁の上に建てられた二層二階の長屋造りの建物です。名前の由来は、その長さが約五十間(約90メートル~100メートル)あることから名付けられました。




五十間長屋は、菱櫓や橋爪門続櫓と同様に、過去に度重なる火災に見舞われ、1881年(明治14年)の焼失以降は姿を消していました。金沢城公園整備事業の一環として、古絵図や古写真などの資料を基に、明治以降の木造城郭建築としては最大級の規模で忠実に復元されました。




つづく