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集う人(前編)

能登見聞録

彦根 曇り、出張中で遅くなりました(笑)

都会に働きに出ても、祭りの日には帰郷し、キリコを担ぎました。私の子供の頃は、男子ばっかりでしたが、女子の応援が目立ち、過疎の問題が頭をよぎりました。と難しいことは、さておき、太鼓・シャリ・笛の音色は最高でした(笑)。

【撮影場所 能登町松波:2016年07月23日 PENTAX K-x

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能登町HP引用】文化8年(1811年)松波袋町の若連中が張本となり、近くの若手と組して長さ6間8寸のキリコを買ってきて、ナカフクに狂歌・鳥羽絵などを描き、太鼓・笛・鐘などを打ち鳴らして若衆が威勢良くキリコを祇園祭に担ぎ廻った。文化10年から文政元年にかけて他町内にもキリコが出だした。キリコの浮字と紋は文政4・5年〜7・8年に出始め、キリコの台飾りは文政12〜13年頃から始まった。大正15年、電話が架設されるまで4間半から5間のキリコが出ていたが、その後縮小された。